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分かるようで分からない、「喪」って何?

1.はじめに

こんにちは。&for usのがくです。
喪中や喪服など、日常のなかで何気なく使っている「喪」という言葉。しかし「喪って何?」と聞かれて、あなたは答えられますか?
本記事はそうした喪(注1)について考えていきます。

2.喪とは

一般的に喪とは、どのようなものといえるのでしょうか?
広辞苑第六版によると、喪は以下のように定義されています。

「死亡した人を追悼する礼。特に、人の死後、その親族が一定期間、世を避けて家に籠もり、身を慎むこと」

広辞苑第六版

例としてお葬式や法要の際に喪服を着たり、喪章をつけたりすることや、 弔意を示すために国旗などを半分ほどに下げる、半旗を掲げる行為などが挙げられます。

喪やそれに準ずる行為や儀礼は世界の多くの地域・文化で散見されます。それぞれの作法などに違いはありますが、死者を弔うという点においては共通していることが多いようです。日本では、喪のことを古来より「忌服(きぶく)」と呼んできました。忌中や喪中などと聞いたことがある人も多いでしょう。
仏教では四十九日、神道では五十日祭までが忌中で、それがあけると忌明けと呼ばれ、(関係性によっても変わりますが)1年を目処に喪中からの喪明けと考えられています。 忌服の期間は慶事への参列や神社への参拝、正月の祝い事や年賀の挨拶などは控えるべきであるとされています。

ここまで、喪の大まかな意味について見てきました。しかし喪という考え方をきちんと理解するには、もう少し詳しく見ていく必要があります。次の章では、喪についての研究がどのようになっているのかを概観します。

3.喪の学問的研究

喪に対してはじめて学問の世界からアプローチしたのは、有名な心理学者のジグムント・フロイトだといわれています。
フロイトは1917年に書かれた『喪とメランコリー』という論文のなかで喪についての考えを示しています。そこでは、喪は以下のように定義されています。

「喪は通例、愛された人物や、そうした人物の位置へと置き移された祖国、自由、理想などの抽象物を喪失したことに対する反応である。」

フロイト(1970); 「喪とメランコリー」『フロイト著作集』p429-430

心理学者であるフロイトは、喪というものを心の反応として捉えました。フロイトは人びとがなぜコンプレックスを持つのか、なぜ愛着や執着を持つのかといったことを心理学的に研究していました。そして、リビドーと呼ばれる愛情のエネルギーの存在を提唱し、このエネルギーを向ける先である「愛する対象」を失うことによって、喪という心的反応が起こると考えたのです。

精神分析の創設者としても名高いフロイトは、ある程度のこうした心的反応は正常であるが、それが長期化したり複雑化したりするものを「メランコリー」と呼び、異常な心的反応として治療が必要であると考えました。
現在ではフロイトの理論は科学的な信ぴょう性にかける部分があるとして批判されるものもありますが、喪という概念を初めて学術的に捉えようとした点において注目すべき考え方といえるでしょう。

なお、フロイトが論文で使用した言葉は「Trauer」というドイツ語でしたが、それを英語に訳す際、「mourning(≒悲哀)」として訳されました。似た言葉に「grief」(グリーフ)という語があり、フロイト以来これらの語はしばしば混合されて使われてきました。大別すると、精神分析や臨床心理学の領域では「mourning」と訳され、その他の学問では「grief」と訳されて使用されることが多いです。

日本語でも喪だけではなく、悲嘆や悲哀、哀悼の意などさまざまに訳され、混合されて使われていることもあります。しかし、多くの場合、喪(mourning)というときには、「悲しむ」という行為に重きが置かれ、悲嘆(grief)は「悲しみ」という気持ちに重きが置かれます。そして悲しみの気持ちを癒やしていく相互作用的な営みは、グリーフケア(より詳しくはコチラへ「【用語解説】「グリーフケア」」)として発展していく一方、個々の人の心のなかで喪失体験の痛みを克服していく心理的過程を「喪のプロセス」(mourning process)、その過程で営まれる対処行動を「喪の作業(喪の仕事)」(mourning work)と呼び、それぞれ研究が発展していきました(注2)。

4.おわりに

このようなフロイトの考えは、多くの心理学者や精神分析学者に影響を与えました。以降、「喪のプロセス」や「喪の仕事」などへさまざまな理論が付け加えられました。紙幅の都合上、そうした研究の発展は別の機会に紹介します。
前述の通りフロイトの喪の理論は異常と正常というふたつへと単純にカテゴリー化してしまっているため、批判も多くあり、現在の通説とは異なりますが、こうした研究のおかげで公認されない悲嘆(より詳しくはコチラへ「悲しむことが許されない? 「公認されない悲嘆」」)やあいまいな喪失(より詳しくはコチラへ【用語解説】「あいまいな喪失」)などの理論が発展しているという意味で、とても大事な研究とされています。

あまり普段は注意して考えることの少ない「喪」ですが、詳しく見てみるとさまざまな発見があるように思われます。みなさんもこの機会に、ご自身が体験したことのある「喪」の儀礼について考えてみてはいかがでしょうか?

 

 

[注]
1) 喪は悲哀とも呼ばれますが、本記事では断りのない限り、「mourning」の訳語として喪という語を使用します。
2) ややこしいのですが、フロイト以降に初めてグリーフワーク(grief work)という語を使い、グリーフ研究を体系的にまとめたエリック・リンデマンは、フロイトの「喪の仕事」をグリーフワークと訳していたので、徐々に喪の仕事という言葉とグリーフワークは同じような意味で使われるようになります。

参考文献
井上洋士,2014,「遺族の喪失体験とグリーフケア」石丸昌彦編『死生学入門』放送大学教育振興会.
ウォーデン,ウィリアム 2011; 『悲嘆カウンセリング―臨床実践ハンドブック』,山本力監訳,誠信書房.
坂口幸弘  2014;「グリーフケア」『死生学入門』,石丸昌彦編,放送大学教育振興会.
坂口幸弘,2018,「喪失と悲嘆」石丸昌彦・山崎浩司編『死生学のフィールド』放送大学教育振興会.
澤井敦,2005,『死と死別の社会学―社会理論からの接近』青弓社.
寿台順誠 2013;「死別の倫理―グリーフワークと喪の儀礼」『生命倫理』23(1), 日本生命倫理学会.
島薗進・鎌田東二・佐久間庸和, 2019;『グリーフケアの時代―「喪失の悲しみ」に寄り添う』,弘文堂.
髙木慶子, 2011;『悲しんでいい』,NHK出版新書.
髙木慶子編, 2012;『グリーフケア入門―悲嘆のさなかにある人を支える』,勁草書房.
髙橋聡美編, 2012;『グリーフケアー死別による悲嘆の援助』,メヂカルフレンド社.
竹之内裕文・浅原聡子編, 2016;『喪失とともに生きるー対話する死生学』,ポラーノ出版.
平山正実,1991,『死生学とはなにか』日本評論社.
フロイト,ジークムント 1970; 「喪とメランコリー」『フロイト著作集』,伊藤正博訳,人文書院.
山本力 1996;「死別と悲哀の概念と臨床」『岡山県立大学保健福祉学部紀要』3, 岡山県立大学保健福祉学部.

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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