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【用語解説】「あいまいな喪失」

こんにちは。&for usのがくです。
今回は、グリーフケアの応用的な概念としての「あいまいな喪失」についてお話します。
「グリーフケア」の基本的な記事はコチラ

あいまいな喪失とは

「あいまいな喪失(ambiguous loss)」とは、何かを失ったという確証が持てない、不確実な喪失体験のことを指します(注1)。例えば、大規模な自然災害で突然大切な人を亡くした方や、世界規模の感染症や流行病による死別体験者などが経験する喪失などがこれにあたります。あいまいな喪失は、アメリカの社会心理学者のポーリン・ボスが提唱した考え方です。反対の概念としての「明確な死」はご遺体が目の前にあり、死亡診断書が発行され、葬儀・埋葬などの一連の儀礼を通じて死を認識することができるものですが、あいまいな喪失ではこれらの一部や全てが欠如してしまいます。そして、このような喪失体験を通してグリーフは複雑化(注2)すると言われています。

提唱者のポーリン・ボスによると、あいまいな喪失は以下の2種類に分類できます。

1. 「さよなら」のない別れ(Leaving without Goodbye)・・・身体は存在していないが、心理的には存在している状態のこと。「まだどこかで生きているかもしれない」というような思いを抱くことが多いです。
例)自然災害における行方不明者、感染症などによる急性死、誘拐などによる行方不明者、人質 ・ 拘禁、移民、養子縁組、離婚、転勤など

2. 別れのない「さよなら」(Goodbye without Leaving)・・・身体は存在しているが、心理的には存在していない状態のこと。「この人はすっかり変わってしまった」というような思いを抱くことが多いです。
例)アルツハイマー病やその他の認知症、慢性精神病、脳挫傷・脳梗塞による脳死など

このような「あいまいさ」が生じる理由としては、喪失が「最終的」か「一時的」かが不明確であるためであり、いわゆる通常のグリーフケアをはじめることができないためです。

その上で、こうしたあいまいな喪失と向き合う際の以下の6つの指針をポーリン・ボスは示唆します。

1. 意味を見つける
2. 人生を舵取りする感覚を調整する
3. アイデンティティを再構築する
4. 相反する感情(亡くなっているかもしれないし、生きているかもしれないと思うこと)を正常なものとみなす
5. 愛着の形を見直す
6. 新しい希望を見つける

おわりに

喪失やそれ以外の事がらもあいまいになっていき、多くの場面で分断されがちな世の中だからこそ、お互いに歩み寄って助け合うことが必要なのかもしれません。大切なことは、こうした喪失体験をしている人に寄り添うこと、そして万が一自分がこうした喪失を体験したり、周りの人に体験させたりする可能性があることをしっかりと認識し、後悔なく生きる準備をすることでしょう。

[注]
1) ここでいう喪失とは死別だけに限定せずに、より広義の意味で捉えています。上智大学グリーフケア研究所の髙木慶子シスターは、著書『悲しんでいい』のなかで悲嘆の原因になる喪失を、①愛する人の喪失、②所有物の喪失、③環境の喪失、④役割の喪失、⑤自尊心の喪失、⑥身体的損失、⑦社会生活における安全・安心の喪失の7つに分類し、死別だけではないグリーフの存在を指摘しました。
2)  コロンビア大学のThe Center for Complicated Grief(複雑性悲嘆センター)のセンター長を務めている精神医学者のキャサリン・シアは、6ヶ月以内に安定するグリーフは喪失体験への自然な心のプロセスであるが、6ヶ月以上にわたるグリーフはうつ病に近い病的なものとして、「複雑性悲嘆(Complicated Grief)」と呼びました。

参考文献
Boss, P. 2009 Trauma and Complicated Grief of Ambiguous Loss. Pastoral Psychology, 59(2), 137-145.
髙木慶子, 2011;『悲しんでいい』,NHK出版新書.
ボス, P. 2005『「さよなら」のない別れ 別れのない「さよなら」 ーあいまいな喪失(南山浩二, 訳 )』, 学文社. (Boss, P.(1999) Ambiguous loss: Learning to live with unsolved grief. Cambridge, MA: Harvard University Press.)
南山浩二 2016; 「あいまいな喪失―生と死の〈あいだ〉と未解決の悲嘆」『質的心理学フォーラム』8(56-64), 日本質的心理学会.
宮澤安紀・尾角光美 2021;「死をめぐる新型コロナウイルス感染症の影響―葬送文化と死別・グリーフサポートの観点から」『現代宗教2021』203-234, 国際宗教研究所.

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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