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死を受け入れるまでに段階がある?『死の受容モデル』とは

1. はじめに

こんにちは。&for usのがくです。
今回は死生学の基礎に大きな影響を与えたひとり、エリザベス・キューブラー=ロスという人物の『死の受容モデル』の研究と、それに対する批判についてご紹介します。
大切な人との死別を迎えたときだけではなく、大切な人を亡くす前から、ぜひ理解しておきたい内容です。

2. エリザベス・キューブラー=ロスとは?

エリザベス・キューブラー=ロス(Elisabeth Kübler-Ross;1926年-2004年)は、スイス出身でアメリカの精神科医です。末期患者との対話を記録し、その内容を分析したものをまとめた『死ぬ瞬間』という本を1969年に刊行したことで一躍有名となりました。それまでの医療では、患者を死に至らせることは医療の敗北であるとみなされていました。そのため、医師自身が死について直接研究するということは当時とても珍しく、大きく注目されました。

1960年代後半から1970年代にかけてというのは、死生学が学問として誕生した時期と重なります。以前からフロイトの喪の研究(より詳しくはコチラへ「分かるようで分からない、「喪」って何?」)を始めとするグリーフワークの研究などは、積み重なってはいたものの、医療の高度化や都市化などの影響から死は今よりもタブーなものとして扱われる時代が続いていました(より詳しくはコチラへ「【用語解説】死のタブー化論」)。そうしたなか、キューブラー=ロスの『死の受容』の出版と、シシリー・ソンダースというイギリス人医師による初の近代ホスピス設立というふたつの大きな出来事が1960年代後半に起こり、死についてのある種のパラダイムが生じたことで研究が体系的に行われるようになっていったのです。

3. キューブラー=ロスの「死の受容モデル」とは

では、実際にキューブラー=ロスの死の受容モデルを見ていきましょう。

第1段階:否認と孤立(denial & isolation)
第2段階:怒り(anger)
第3段階:取り引き(bargaining)
第4段階:抑うつ(depression)
第5段階:受容(acceptance)

以上が死の受容モデルとされています。注意しておきたいのは、これは死別経験者がどのように死を受容するかということではなく、死にゆく本人がどのように死を受容していくのかということを示している点です。では、その内容をよりくわしく見ていきましょう。

第1段階は命の危機に瀕したり、余命宣告をされたりすることに衝撃を受け、感情的にその事実を否認している段階です。「自分が死ぬはずがない」「なにかの間違いだ」と否定しようとしますが、否定しきれない事実であることも理解できます。周りとの考えの不一致などから距離を取るようになり、孤立してしまいます。

第2段階は、「なぜ今、自分が死ぬ羽目にならなければいけないのか」という怒りにとらわれ、周りにぶつける段階です。例えば「あなたはいいね、まだ生きられて」といった嫌味を看護師などの医療従事者に言ったりします。

第3段階は、なんとかして助かる延命の道を探し、取引を試みる段階です。「何でもするから命だけは助けてほしい」「もう少しだけ待ってほしい」と、神や仏にすがったりすることもあります。財産寄付などの善行を重ねたり、今までの行動を悔い改めたりする段階です。

第4段階は、たとえどんなに取引をしようとしても、死が回避できないことに悲観的になる段階です。絶望に染められ、うつ状態になります。「これだけ頼んでもだめなのか」「神も仏もいないのか」というように神や仏を否定する場合もあり、虚無感を伴います。

第5段階は、死を受け入れるほかないと諦める段階です。それまでは死を拒絶し、どうにかして回避しようとしましたが、命あるものすべていずれ死んでいくものだと考えたり、それぞれの宇宙観のようなものを形成したりするようになります。

以上が有名なキューブラー=ロスの5段階説の説明となります。彼女が行ったリサーチは、後世まで大きな影響を与え、今日私たちが死についての考えをめぐらす際のベースになっています。しかし、大きすぎる影響も相まって、さまざまな角度から批判にさらされることとなりました。

4. キューブラー=ロスへの批判

大きな影響力があると、その分反動も大きくなります。キューブラー=ロスの場合は5段階以外の部分も、多く研究の中に組み込んでいるにも関わらず、5段階の部分だけが取り上げられることが多く、その点において批判されています。

そのひとつとして「受容」という言葉への批判があります。キューブラー=ロスの研究は、受容というゴールを設定してしまっているために、死を受け入れることが大切であり、受容できない人に対して周囲が強要してしまう可能性があるということです。少なくとも彼女が研究した200人では、受容へのプロセスがあるとする信頼できる証拠はないと批判されています。

また、段階そのものへの批判もあります。従来人びとの死に様は多様であり、それは段階を踏むものではないというものです。段階を設定してしまうことにより、受容のときと同じように、段階を踏んでいない人に対して周囲が段階を踏むことを期待してしまうという状況が起こり得ます。

さらに、キューブラー=ロスは晩年、死後の世界やトランスパーソナル心理学といった、科学の範疇に収まるかどうかの判断が難しく、批判も多い分野を研究していました。そうした観点からも、第4段階の「取引」のなかで、神との取引という内容が出てくるのは科学的ではないと批判されることもありました。

しかし、これらの批判は5段階説がひとり歩きしてしまったために起きてしまったことでした。キューブラー=ロスは実際に死の5段階を提示したことは確かですが、その段階自体が重要ではないことや、すべての患者が必ずしも直線的に5段階を経由するわけではないということを本のなかで再三述べています。キューブラー=ロスが本当に言いたかったことは、患者の周りの人びとは死に対して恐怖があるがために、患者から目を背け、疎外するようになりがちで、そのために患者は孤独になっているということ。そして、患者は最後まで自分の声を発するべきであり、周りの人はそれを受け入れるべきであるということだったのです。

5. おわりに

以上、キューブラー=ロスの死の受容モデルについて、その批判も交えて解説していきました。なかなか難解な部分もあるかもしれませんが、自分自身でぜひキューブラー=ロスの研究を読んでどう感じるかを、考えてみてはいかがでしょうか?

参考文献
青柳路子 2005;「E.キュブラー=ロスの思想とその批判―シャバンによる批判を手がかりに(上)」『死生学研究』6, 東京大学グローバルCOEプログラム.
青柳路子 2005;「E.キュブラー=ロスの思想とその批判―シャバンによる批判を手がかりに(下)」『死生学研究』7, 東京大学グローバルCOEプログラム.
キューブラー=ロス,エリザベス 2001; 『死ぬ瞬間―死とその過程について』,鈴木晶訳,中公文庫.
坂口幸弘  2014;「グリーフケア」『死生学入門』,石丸昌彦編,放送大学教育振興会.
坂口幸弘,2018,「喪失と悲嘆」石丸昌彦・山崎浩司編『死生学のフィールド』放送大学教育振興会.
澤井敦,2005,『死と死別の社会学―社会理論からの接近』青弓社.
島薗進・鎌田東二・佐久間庸和, 2019;『グリーフケアの時代―「喪失の悲しみ」に寄り添う』,弘文堂.
髙木慶子, 2011;『悲しんでいい』,NHK出版新書.
髙木慶子編, 2012;『グリーフケア入門―悲嘆のさなかにある人を支える』,勁草書房.
髙橋聡美編, 2012;『グリーフケアー死別による悲嘆の援助』,メヂカルフレンド社.
竹之内裕文・浅原聡子編, 2016;『喪失とともに生きるー対話する死生学』,ポラーノ出版.
平山正実,1991,『死生学とはなにか』日本評論社.
堀江宗正 2006;「心理学的死生観の臨界点―キュブラー=ロスをめぐって」『死生学研究』8, 東京大学グローバルCOEプログラム.
山本力 1996;「死別と悲哀の概念と臨床」『岡山県立大学保健福祉学部紀要』3, 岡山県立大学保健福祉学部.

 

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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