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「異種移植」から考える人間の定義

1.はじめに

こんにちは。&for usのがくです。
2022年1月、こんなニュースがあったのを覚えていますでしょうか?
遺伝子操作したブタの心臓 人に移植成功 世界初 アメリカ(NHK)

そして、その2ヶ月後、こんなニュースもありました。

ブタの心臓を移植したアメリカの男性 約2か月後に死亡(NHK)
今回は、このニュースで取り上げられている「異種移植」がどういったものなのかを簡単に説明し、どんな問題があるのかについて考察します。

2. 異種移植とは

異種移植とは、異なる種の間で臓器や細胞を移植することです。主に人間に対して、他の動物の臓器や細胞を移植することを指します。反対に同種間で行われる移植を、同種移植と言います。
異種移植は、臓器移植を望んでいる人に対する提供者の不足問題を解消するために、100年以上にわたり多くの研究者がこれまで研究を重ねてきました。同じような臓器不足の問題を解決する方法として、再生医療と呼ばれる分野での研究も進んでいます。しかし、未だに完璧な成功を収めた研究はまだなく、技術的に超えられない壁があると言われ続けてきました。
そんな中で飛び込んできたのが、さきほどのニュースです。今後もこのような研究が進み、いつの日にか異種移植が可能になる日が訪れるかもしれません。

3. 異種移植の問題点

異種移植が可能になることで、もちろん救われる命があることはとても喜ばしいことですが、実は異種移植には様々な問題があります。例えば、そもそも種が違うので、体が拒絶反応を起こしたり(免疫拒絶や生理学的不適合)、人間にはない感染症のリスクがあったり、また必要な時に適切な臓器を用意できるかどうかがわからなかったり、といった問題です。また、仮にこうした免疫学的、生理学的な問題をクリアしたとしても、大きく立ちはだかるのが倫理的な問題です。

異種移植には、どういった倫理的な問題があるのでしょうか。
一つは動物保護の観点です。動物実験反対の立場を取る人にとっては、ブタであろうとなんであろうと、動物の権利を侵害していると主張するでしょう。
二つ目に宗教的な問題も挙げられます。一部の宗教において、ブタは不浄の動物として食することが許されていません。そうした宗教を信仰している人にとっては、ブタの心臓を体内に入れるという行為はたとえ人命のためといえど許されないでしょう。
そして最後三つ目に、人間の定義という問題があります。この点はもう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。

よく、一つの個体に複数種類の動物が合わさっているものをキメラと言うことがありますが、まさにこの異種移植はキメラをつくっていることになるのではないかと批判されたりもします。人間と動物の境界があいまいになることにより、人間としての尊厳が下がってしまうといった主張などがなされています。

「人間とはなにか」という人間の定義をテーマにした問いは、古代から多くの哲学者が考えてきました。そこには昔から多くの考え方がありますが、未だに確固たる一つの答えを出せずにいるというのが現状です。そんな中、種族を超えた臓器や細胞の移植が行われていくことによって、人間はどのように定義づけられていくのか、ということに注目が集まっています。ブタの臓器だけで構成された人間は、人間と呼べるのかという問いを突きつけられる時代が、そう遠くない未来に来るのかもしれません。みなさんは、人間の定義をどのように考えますか?

参考文献
小林孝彰 2005;「異種移植の現状と展望」『日腎会誌』47(2), 日本腎臓学会
山内一也 2022;『異種移植―医療は種の境界を超えられるか』,みすず書房

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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