- 職業インタビュー
- 葬儀
「どんなに頑張っても正解がない」、元・湯灌師が語る“二度目が無い仕事”の責任と本音
死生にかかわる仕事について一問一答形式でお話しをうかがう、シリーズ「エンディングジョブインタビュー」。第一回は元・湯灌師の渡邊明日香さんにインタビューしました。
【プロフィール】
渡邊明日香(わたなべあすか)さん
元湯灌師(現在は在宅医療関係)/モデル
大学卒業後2019年から2021年まで葬儀会社の湯灌部にて湯灌師として働く。現在は在宅医療に携わりながらモデル業も兼業する。
そもそも湯灌師とは?
ーーご自身の職業について教えてください。
以前、湯灌師をしていました。現在は在宅医療の分野で働いています。湯灌師とは、亡くなられた方の最期の身支度をする仕事です。お身体を洗い清め、服を着せ替え、メイクをし、最期のベッドである棺に亡くなられた方をご納棺します。
ーー映画『おくりびと』のお仕事ということですか?
厳密に言うと湯灌師と納棺師は違います。湯灌師は文字通り湯灌をしますが、納棺師は必ずしも湯灌をしません。映画「おくりびと」で主人公の本木さんが演じていたのは納棺師ですね。湯灌とは古来より続く死にまつわる伝統で、ご遺体を水で洗い清める儀式・文化のことを指します。昔は川まで水を汲みに行き、お湯に混ぜ入れて逆さ水と呼ばれる儀式を準備していましたが、現在では湯灌用のバスタブや水源を搭載した車でご処置・儀式を行います。
ーーメイクは生きている人のする普通のメイクと違うのでしょうか?
亡くなった方に施す化粧を死化粧といいます。一般的な生きている人への化粧は”100を120へと良くするための化粧”で、一方亡くなられた方への化粧は、”100以下になってしまったものを100に近づけるための化粧”です。イメージとしては、満杯の水が入ったグラスを思い浮かべたときに、グラスを可愛くしたり、大きいグラスに移したりするのが生きている人へもので、亡くなった人への化粧はひび割れて水が漏れてしまっているグラスの穴を塞ぐイメージです。塞がないと、段々と中身が減ってしまう=状態が悪くなってしまいます。
いちばん大きく異なるのは、時間です。通常のメイクは、朝して夜に落とすことを繰り返します。必要であれば、化粧室で直すことも何度もできます。一方で、死化粧はお身体が安置される期間も加味し、お葬式のタイミングでベストなコンディションになるようなお化粧をしなければなりません。毎日できるわけではないので、そうしたところも考えながらメイクをします。
ーーメイク道具なども通常のものとは異なるのでしょうか?
中には防腐剤が含まれている化粧品もありますが、よほどの損傷や時間経過を除いたらそこまで必要ないケースがほとんどです。どちらかというと、道具が違うというよりも道具の使い方が異なります。なので、普段から生きている人にメイクをやりなれているはずの美容師さんや芸能系のメイクさんでも、死化粧をするとイメージと違ってしまうこともあります。
ーーこの仕事はどのくらい知られているのでしょうか?
映画『おくりびと』の影響もあり、少しずつ認知度は高くなっているとは思いますが、あまり多くは知られていない職業だと思います。ひと世代前は家族親戚だけではなく地域でお葬式をやることが多かったので、湯灌に触れる機会もあったかもしれませんが、現代では近親者のみで行うことも多いため、父母の最期の見送りに際して初めて知る人も多いと思います。
ーー湯灌師の仕事についた経緯を教えてもらえますか?
化粧に興味を持ちはじめたのは中学生のときです。友達が腕の傷跡を気にしていたときに、自分の好きなもの=化粧で人の役に立ちたいと思いました。大学生のときはバイトとして、医療や福祉の現場で化粧をする仕事をしており、卒業後もそのまま現場でメイクやセラピー(マッサージのようなもの)をやっていました。医療・福祉の現場では、人間の最期まで関わっていくことになります。そんなとき、亡くなる前だけではなく、亡くなった後にもできることはないかなと考え、死化粧をすることのできる湯灌師という仕事を選びました。
具体的なお仕事の様子
ーー1日の仕事の流れを教えてください。
私が働いていたところは自由シフトでした。繁忙期とそうでないときで波がありますが、一日に1〜3件ほどの現場を回って湯灌を行います。朝にはその日に入っている依頼の数や内容・時間が分かり、それが出動メンバーに割り振られるという仕組みです。事務所に出勤した後に、二人一組になり車で現場に向かいます。湯灌が終わったら事務所に戻り、日報などで簡単な引き継ぎをしたら終わりです。同じ家族に依頼が二回以上あるわけではないので、そこまで細かな引き継ぎがなくても大丈夫です。
ーー現場でよくあるオーダーや相談について教えてください。
化粧そのものよりも「口元を整えて欲しい」とオーダーされる方が多いですね。ご高齢で歯の無い方や、痩せてしまった方、また亡くなられてから自然と口が空いてくることもあり、そうしたコンディションを少しでも良く見えるよう、さまざまな手法を使って調整に努めます。
ーー湯灌師になるための資格はあるのでしょうか?
特別な資格は必要ありません。各会社で研修などを経て、OJT(現任訓練)を経て現場に出ていくのが一般的です。湯灌師と同じようにご遺体をケアする仕事に「エンバーマー」というものがありますが、こちらは法律で決められているわけではないものの、原則として資格 が必要です。
私が所属していたところの場合は、人形をご遺体に見立てて身体の動かし方などを習いました。10日ほどの座学の研修で湯灌の流れなどの基礎知識を詰め込んだ後は、OJTで先輩社員についていって、隅っこで見学させていただいていました。基本的に湯灌は2名1組で行うため、先輩についてもらいながらではありますが、比較的早い段階で一人前として仕事をするようになります。というのも、いくら人形で練習をしたところで、実際の人間とは程遠いからです。人によって関節の可動域も異なりますし、その他諸々個人差があります。なので、実際に現場で学んでいくことのほうが多い職種だと思います。
ーーご家族と直接コミュニケーションを取ることも多いのでしょうか?
イメージをすり合わせるためにコミュニケーションを積極的に取るように努めています。基本的に初めてお会いする方々であり、さらに大切な人を亡くして気持ちが沈んでいる状態のご家族なので、声のかけ方次第では信用されなくなってしまいます。例えば、最初にお伺いしたときに「穏やかなお顔ですね」と言っても、向こうがそう思ってないこともあります。私たちから見て穏やかに見えるとか、きれいに見えるというのは、あくまでこちら側からの意見なので、いちばん大切なのは家族から見ても私から見てもきれいと思えるすり合わせをすることです。なので、「いつもと比べてどうですか?」と聞くようにしています。ヘアメイクさんなどと違い、自分の技術を披露する場ではないということを理解することが必要だと思います。
ーーこの職業には、どんな人が向いていると思いますか?
仕事を仕事として割り切れる人が向いていると思います。逆に、共感性が高い人は向いてないかもしれません。もちろん、志を高く持って仕事をすることは大事だとは思いますが、すべての現場で家族と同じ気持ちになってしまっていては、毎日辛くて続けられないはずです。それほどにシビアな現場も多いということですし、この仕事をあまり簡単におすすめはしません。しっかり自分で考えてから選択して欲しいと思います。「興味あります!」とキラキラした目で声をかけられることもありますが、そういう人ほどやめておいた方がいい気がします。一度現場を見てみるとイメージが変わるかもしれません。
渡邊さんの仕事への向き合い方
ーー仕事で充実した気持ちになるのはどのようなときですか?
ちゃんとお顔を見て「ありがとう」「さようなら」が言える環境を整えられたとき、「お手伝いできて良かったな」とポジティブな気持ちになります。あとは、超個人的なものですが、いわゆる難しいご遺体への化粧がうまくいくと、自己研鑽として嬉しい気持ちになります。
逆に大変なのは、どんなに頑張っても正解がないところです。二回目が絶対にない仕事なので、そういう意味でとても責任が重いなか「これで本当に良かったのかな?」と思うことも多々ありました。しかし、私たちがそう思っているとご家族も後悔が残ってしまうため、目の前でやれることを全力でやるしかありません。
ーーこれまでいちばん苦労した仕事のエピソードをお聞かせください
ご家族が想像する元気だった姿に到達できないときには、自分は無力だなと感じます。
コロナの影響もあり、長い間会うことができずにそのまま亡くなってしまった場合、ご家族は亡くなられた方の元気だった頃の記憶しか残っておらず「イメージと違う」というお言葉をいただくこともあります。そうした時間経過による年月のギャップを埋めるのは、とても大変です。どんなに手を尽くしても痩せてしまった身体は元には戻らないし、無くなった歯は生えてこない。ご遺体の時間を巻き戻すことはできないのです。逆に、直前まで介護をしていた人は、あまりその部分での認識の齟齬は起きにくいかなと思います。
ーー仕事をしていていちばん良かったことは何ですか?
自分も目の前の人も、必ず死ぬんだと毎日思い出せるようになったことです。他人の非日常を自分の日常としてお借りしています。「昨日まで元気だったのに、急に死んじゃった」といったお話を聞くと、自分自身もいつ死ぬか分からないと感じます。
ーーあなたの長期的なキャリア目標は何ですか?
特に具体的なものはありませんが、「人生悪くなかったな」と思える時間をつくる仕事をしていたいです。その場その場の状況などを踏まえて決断し行動するタイプなので行き先は予測不能ですが、これからの人生の山や谷を越えて振り返ったときに、総じて悪くなかったと思えたらいいなと思います。
業界全体の見通し
ーー業界の抱えている課題は何だと思いますか?
今後は2045年に向けて死者数が増えていくとはいえ、人口も減少していくので顧客数が必然的に減っていきます。それに伴って、サービスとして“選ばれる“時代が来ると思います。「湯灌は当たり前です」というような、ある種強制的に選ばせているようなところは淘汰されてしまうと思います。なので、一般の方と同じ感覚で、湯灌も含めた葬儀業界全体をブラッシュアップしていかなければならないのではと考えます。
ーーコロナ禍で変化を感じたことはありますか?
以前に比べてかなり緩和されましたが、以前勤務していた職場では、当初コロナで亡くなられた方のご遺体に触れることはNGでした。ご葬儀が直葬じゃなくなっても、感染予防の観点から湯灌を行わない時期がしばらく続きました。そもそも、ご葬儀の規模自体が縮小しつつある昨今、湯灌しなくていいやという方も増えているように感じられますね。
さらに今後は宗教の力が薄れ、より自由なあり方が登場すると思います。故人を弔うという行動の形がどんどん変わっていく気がします。
ーー本日はお話いただきありがとうございました。
TEXT:市川岳