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死ぬのが怖いのはなぜ?存在脅威管理理論から見る死への心理

1. はじめに

こんにちは。&for usのがくです。
突然ですが質問です。みなさん「死」は怖いですか?
死が怖いとしたら、なぜ怖いのですか?怖くないとしたら、それはなぜですか?
こんな質問を唐突に突きつけられたとき、自分の考え方をクリアに説明できる人は少ないと思います。今回はそんな質問に関連して「存在脅威管理理論」についてご紹介します。

2. 存在脅威管理理論とは

「存在脅威管理理論(Terror Management Theory: TMT)」とは社会心理学の用語で、「死が怖い」「死ぬのが怖い」という感情に対して、自尊心と文化的世界観が緩衝的な役割をしているという理論のことです。
といっても、理解するのは少し難しいですよね。言葉を変えると、人間には死の恐怖に対する心理的な防衛メカニズムがある、という意味になります。

この理論の前提になっているのは「存在論的恐怖(ontological terror)」という考え方です。
この考え方では、人は死が避けることのできないこと(不可避性)や、死んだら基本的には生き返らないこと(不可逆性)、いつ死が起こるか分からないこと(予測不可能性)などが、死への根源的な恐怖をもたらしていると説明されます。

死への根源的な恐怖は、クマやライオンに襲われて殺されそうになったときに感じる、目の前にある命の危機への恐怖とは異なります。お腹をすかせた凶暴な肉食獣が目の前にいたり、崖から落ちそうになっていたりする際に感じる「今まさに」の命の危機に対しては、人間も他の動物も動物的本能として恐怖を感じるでしょう。しかし「いつかはわからないけれど、いつか必ず死んでしまう」ということは、「未来」の命の危機に対して恐怖していることになります。こうした恐怖は、高度に認知能力を発達させた人間に特有のものであるとされています。
つまり人間は他の動物とは異なり、高度な認知能力を持っているからこそ抽象的で未来のことであるはずの死を怖がることができる、と存在脅威管理理論では説明されるのです。

そうした死の恐怖に対して、人間はどのような防衛反応を取るのでしょうか?
次の章で詳しく見ていきましょう。

3. 「CAB仮説」と「MS仮説」

存在脅威管理理論のなかには、「CAB仮説」と「MS仮説」というものがあります。
CAB仮説(cultural anxiety-buffer hypothesis)は“文化的不安緩衝装置”とも訳され、人が存在論的恐怖を和らげるための心のメカニズムがあるとする考え方のこと。人間の自尊心と文化的世界観が基盤になっているとされています。
※すこし複雑な話のため、詳しい説明はページの最後をご参照ください

続いてMS仮説(Mortality Salience Hypothesis)ですが、日本語では“存在脅威顕現化仮説”と訳されたりします。人間は死が避けられないものであるということに気付くと、文化的不安緩衝装置の機能を強めるという考え方です。つまり存在論的恐怖を想起させるような状況において、人は自尊心を高めようとしたり、自分の文化的世界観を擁護したりするようになるということです。
これらふたつの仮説をもとにさまざまな実験が行われており、そのどれもがおおむねこの説を支持するものでした。

4. おわりに

この存在脅威管理理論は、すべてが必ずしも正しいかは分かりません。人間の行動や文化が全て「死が怖い」という感情に起因するというのも、少し大げさな気もします。しかし、こうした理論を知っておくと、自分のことやその周りのことを客観的に見て考えられるようになるかもしれません。また、興味深いことに、存在論的恐怖は死と直接関係ないような個人の行動、対人コミュニケーション、さらには社会全体にまで影響を及ぼしているとされています。つまり、自身の死を考えることが、意識的にも無意識的にもさまざまな領域で影響を与えているということです。より詳しく興味を持った方は、ぜひ参考文献などを手に取ってみてはいかがでしょうか?

参考文献
脇本竜太郎,2012,『存在脅威管理理論への誘い――人は死の運命にいかに立ち向かうのか』サイエンス社.
脇本竜太郎,2019,『なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか?――存在脅威管理理論から読み解く人間と社会』ちとせプレス.

※CAB仮説における自尊心(self-esteem)とは、自分に対する好き、嫌いといった評価の感情のこと。そして、文化的世界観(cultural worldviews)とは、ある集団のなかで共有されている信念の体系を指します。存在脅威管理理論によると、私たちは文化的世界観によって社会に秩序や意味を与えることができ、秩序ある社会では何が正しくて何が悪いかというルールが与えられます。そして、相対的にそれぞれの文化のなかで作られるとされる自尊心は、ルールに従うことで高まっていきます。つまり、自尊心を得るためには①文化的世界観の価値基準自体を信頼し、②その基準に合致するように行動することが必要とされるのです。

Illustration: banbino_e

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市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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