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デスハラ、リブハラって何?命の意味を考える。 〜後編〜

デスハラとリブハラを通じて命の意味を考える本企画。前編では「デスハラ」と「リブハラ」という言葉について、その定義を大まかに説明してきました。

後編では、これらの言葉が実際にどういった問題のなかで語られるのか、そして、この言葉を使って何について考えることができるのかをより深く見ていきましょう。

3.議題

今回は「安楽死の是非」というテーマをもとに、「デスハラ」「リブハラ」という言葉を使いながら、命の意味・価値を皆さんに考えてもらえたらと思います。

ここではあくまでどちらの立場に立つということはせずに、それぞれ賛成派と反対派の意見を概観し、それらを踏まえてみなさん自身に考えてもらいます。

「安楽死に賛成する」「安楽死に反対する」とひと口に言っても、それぞれがいろいろな立場で物事を語っています。安楽死の言葉が意味するところが、前編の分類で言うところの消極的安楽死なのか、それとも積極的安楽死なのか、はたまた自殺幇助までを含めて「安楽」な死を総称しているのか……。

今回、あえてこれらの区別を場合分けしながら賛成反対意見を列挙するのではなく、安楽死という概念全体に対してのポジティブな意見、ネガティブな意見をご紹介します。そのなかで「俺は消極的安楽死には賛成だけど、積極的安楽死は反対だな」とか、「私が家族の立場だったら、絶対に安楽死を家族に選んでほしくないな」など、正解の無い問いのなかで、読者の方なりの意見を見つけてもらえたら幸いです。

3.1 安楽死賛成派の意見

安楽死賛成派の人の意見は、以下のようなものになります。

・死にたいのに死ねない体と、法律と、社会のプレッシャー(リブハラ)にうんざりする(難病患者本人の視点)
・人には生きる権利があるように、死を選ぶ権利がある(人権的視点)
・今の医療技術をもってして治せない病気は、その原因は治せなくても、苦痛を癒やすこと=鎮痛はできる。それを治療と考えれば、死を与えることは最後に残された治療なのではないか(死=治療論)
・どうせ助からないのなら、苦しみを少なくしてあげたほうが幸せじゃないか(功利主義的視点)
・自分がその立場だったら、苦しみながら人の尊厳無く生きながらえるより死を選びたい(もし自分だったら、という視点)

また、3.2で話すような反対意見への反論は以下のようなものがあります。

・精神疾患の人が思いつきで死を選ぶのであれば、安楽死の法整備をする上で2重3重の確認プロセスを定めればよい(楔論法への反論)
・自殺幇助は殺人ではなく、あくまで本人の意志の元で行われるので、その意志確認のプロセスが2重3重に官僚的なめんどくささのプロセスを踏めば、「殺す権利」は乱用されない(殺す権利への反論)
・新薬の開発を待つかどうかも個人の判断に任せてもらいたい(新技術への期待への反論)

では、以下で反対派の意見も見ていきましょう。

3.2 安楽死反対派の意見

安楽死反対派の人の意見は、以下のようなものになります。

・「いつ死ぬの?」というデスハラが起こり、歯止めを外すとなし崩し的にデスハラが拡大してしまう(楔論法(滑り坂論法)からの視点)
・自殺を考えるのは心に病を抱えている状況なので、安楽死という選択肢に飛びついてしまう(精神疾患者への視点=楔的)
・医師に「殺す権利」を付与することで、その権利が乱用され必要以上の殺人が行われる可能性がある(殺す権利への反対)
・難病で治療ができずとも、明日には新薬が開発されて治る可能性があるのに、死を選ぶなんてもったいない(新技術への期待という視点)
・死をコントロールしようとすること自体、生命の神聖性に対して人間が一線踏み越えている(宗教的な視点)
・安楽死はそもそも本当に「安楽」なの?(そもそも論)
・自分の家族が安楽死を選択しようとしていたら、絶対に止めてしまう(もし近しい人だったら、という視点)

また、3.1で話したような賛成意見への反論は以下のようなものがあります。

・死ぬ権利が安直に行使されれば、自殺者が増えるしそれを止めようとすることが人権侵害になってしまう(人権論的視点への反論)
・安楽死を認めてしまったら、医学の発展が止まってしまう(治療論への反論)
・ナチス・ドイツが歴史のなかで「生きるに値しない命」として強制的に「安楽死」をさせた過去があり、同じことになりかねない(功利主義的視点への反論)

4. まとめ

いかがだったでしょうか?

なるべく中立の立場から、改めて安楽死の問題に取り組むために、本記事では「デスハラ」と「リブハラ」という概念を紹介しながら賛否の意見を列挙しました。
もちろん、上記に無いような意見もたくさんあるでしょう。

意見はわかりやすいように、極端な物言いをしているものもあります。

なかには間を取って、一部容認、一部反対などの意見の人もいると思います。

現代では、クオリティオブライフ(Quality of Life: QOL)ならぬ、クオリティオブデス(Quality of Death: QOD)、つまり死の質というものも問われつつあります。

これらの概念が、みなさんが死について深く考える上で、少しでもお役に立てるのであれば幸いです。

参考文献
阿南成一(1985).『医の倫理-新医療時代の<生と死>』.六法出版社.
石丸昌彦(2014).『死生学入門』.一般社団法人放送大学教育振興会.
今井道夫(1999).『生命倫理学入門』.産業図書.
今井道夫・香川知晶(1995).『バイオエシックス入門』.東信堂.
小原信(1999).『ホスピス-いのちと癒やしの倫理学』.筑摩書房.
日本臨床倫理学会(2014).『3;安楽死と自殺幇助の違い』.
https://square.umin.ac.jp/j-ethics/topic_2_5_4.htm (閲覧日: 2022年5月19日)

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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