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デスハラ、リブハラって何?命の意味を考える。 〜前編〜

1 はじめに
1.1 漫画から考えるデスハラとリブハラ

こんにちは。&for usのがくです。
みなさんは「デスハラ」、「リブハラ」という言葉をご存知ですか?

パワハラ、セクハラなどのよく耳にするものから、アルハラやアカハラ、ハラスメントハラスメントでハラハラなどまで、世のなかにはたくさんの“ハラスメント”がつく言葉が存在します。

株式会社エージェントという会社が、2021年度にハラスメントのカオスマップを作成していますので、ご興味ある方はご覧になってみてください。

上記のカオスマップの47個のハラスメントには載っていませんでしたが、今回は「デスハラ」と「リブハラ」というものをテーマに、いのちについて少し考えを深めていけたらと思います。

まずは、この漫画をご覧になってください。

作者は吉田より(@yohakuyori)さん。2019年に作成されていますが、作成当時、「考えさせられる」ということで話題になっていました(読んだことがある方もいるかも?)。

<漫画の引用>
https://twitter.com/yohakuyori/status/1137343205635121152?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1137343205635121152%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnlab.itmedia.co.jp%2Fnl%2Farticles%2F1906%2F18%2Fnews053.html

この作品では安楽死が法律で容認されるようになった仮想日本を舞台に、周りから死ぬことを勧められるかもしれない未来を妙なリアル感を持って伝えています。

以下では、もう少しこの「デスハラ」、そして「リブハラ」というのもあわせてご紹介します。

2 「デスハラ」、「リブハラ」という概念の紹介

本章では、デスハラとリブハラの概念をもう少し詳しくご紹介しますが、その前に安楽死についても前提の知識を共有しておきたいと思います。

詳しい方は読み飛ばしていただいても結構です。

2.1 安楽死の分類

「安楽死」とひと口に言っても、その言葉の指す内容は多岐にわたります。

ここでは、わかりやすいように安楽死の定義とその分類について触れていきましょう。

安楽死の定義はさまざまですが、ここでは放送大学教材の『死生学入門』(2014)のなかにある定義を参照します。

安楽死(euthanasia)とは、回復が望めない患者の苦痛を取り除く目的で、第三者の手によって時期尚早の死をもたらすことを指している。ギリシア語では、eu(よき)、thanatos(死)であり、原義は「よき死」「幸福な死」というものである。(中略)
安楽死には、消極的安楽死(passive euthanasia)と積極的安楽死(active euthanasia)がある。消極的安楽死とは、たとえば、人工呼吸装置や点滴を外すことによって、結果的に、自然死を早める措置をとることである。いっぽう、積極的安楽死とは、たとえば、致死量の薬物を患者に注射することによって、意図的に死をもたらすことを指している。
『死生学入門』(2014)より引用

つまり、大きく安楽死は「消極的安楽死(もしくは受動的安楽死)」と「積極的安楽死(もしくは能動的安楽死)」のふたつに分けることができるということです。

前述の漫画作品のなかでは消極的安楽死も積極的安楽死も明確に容認されたとありましたが、現実ではこのふたつを分けて倫理的な問題に取り組むことが多くあります。

ちなみに「尊厳死」と呼ばれるものは、基本的に消極的安楽死のことを指すことが通例です(※諸説あります)。

また、もうひとつ重要な概念として、「自殺幇(ほう)助」というものがあります。

日本臨床倫理学会によると、

自殺幇助とは「自殺の意図をもつものに、有形・無形の便宜を提供することによって、その意図を実現させること」です。(中略)
安楽死が、行為主体として他人が関与するのに対して、自殺幇助は、その時点で意思能力のある患者本人が関与します。患者は、例えば処方された薬物、あるいは毒物、あるいは他の行為によって自分の命を絶ちます。
(日本臨床倫理学会ホームページより引用/強調は筆者)

現代の日本において安楽死も自殺幇助も認められていませんが、スイスなど一部の国や地域では自殺幇助のみが認められていたり、オランダなどのように場合によっては積極的安楽死を容認する国や地域もあります。

※日本における議論の展開は、第3章をご参考ください。
それでは、安楽死と自殺幇助という概念を踏まえた上で、あらためて「デスハラ」「リブハラ」についてご説明します。

2.2 デスハラの定義

漫画作品のなかでは、安楽死が法的に認められた未来の世界においてのデスハラを描いていましたが、実は既にデスハラという概念は存在し、現代社会でそうしたハラスメントを受けている人もいます。そうした現代社会の文脈でも使えるような、広義の意味でのデスハラを定義したいと思います。

デスハラとは、「デス・ハラスメント」の略。

デス(death)は死。

ハラスメント(harrassment)は原義としては嫌がらせと翻訳できます(もちろん多くの意味を含みますが、あくまで原義として)。

出典:『ロングマン英和辞典(桐原書店)』

つまり、「デスハラ」とは

死に関して何かしらの嫌がらせを受けること

と定義づけることができます。

例えば、漫画作品に登場するような安楽死という文脈において、「○○さんはもう安楽死の準備してるけど、あなたはいつ死ぬの?」と問い立てること、そしてそれを問われた側がそれを嫌がらせだと思うことです。

安楽死だけではなく、現代社会に置き換えて考えると、「社会に役に立たない人は死んだほうがマシ」などの言葉に呼応して、自己の存在を低く考えている人が実際に死を選ぶことも「デスハラ」と言えるでしょう(一般的に障がい者や経済的弱者、精神疾患者などがターゲティングされることが多いように思います)。

概念としては目新しいものですが、このような死に関するハラスメントは少し考えるだけでも昔から存在していたのだろうと容易に想像することが可能です。
漫画作品が強調しているのは、安楽死の容認によって今までは社会的マイノリティへの攻撃として(意識的か無意識的かはさておきとして)行われてきた「デスハラ」が、誰にでも起こりうる社会が来るかもしれないということなのだと考えることができます。

2.3 リブハラの定義

「リブハラ」とは何でしょうか。

「リブハラ」とは、類推できる人もいるかもしれませんが、リブハラスメントの略です。

リブ(live)は生きる(生きること)で、ハラスメントは上記の通り、嫌がらせとなります。

(liveという語はあくまで動詞であるため、語法としての誤りは議論の余地がありますが、通例的に「デスハラ」と比較して「リブハラ」という言葉を使うことが多いので、ここでは「リブハラ」の名称で統一します)

つまり、「リブハラ」とは

生きることに関して何かしらの嫌がらせを受けること

と定義づけることができます。

「デスハラ」とは異なり、こちらは少しイメージし難いかもしれません。

通常リブハラとは、「死なないで」という言説のことを指すことが多く、例えば難病を患っていて回復の見込みがない、という人が死ぬことをほのめかしたとき「(あなたが死んだら私が悲しいから)死なないで」という言葉をかけることです。

一見すると何ら問題のないように思われますが、「死なないで」というのは患者の気持ちではなく、周りの人のエゴであると言えます。もちろん死は推奨されるべきでは無いかもしれませんが、難病で治る見込みもなく生き続ける苦しみを味わう当事者にとっては、残酷な声掛けでしょう。

「デスハラ」に対応して使われるようになった言葉であるため、「リブハラ」は限定的に使われがちです。

しかし、広い意味で規範的に「あなたは生きなければならない」と社会道徳を押し付けられることも、もしかしたら「リブハラ」と呼べるのかもしれません。

本企画の後編では、「デスハラ」「リブハラ」という言葉が実際にどういった問題のなかで語られるのか。さらにはこれらの言葉を通じて、どういった事柄について考えることができるのかについて深掘りをします。

参考文献
阿南成一(1985).『医の倫理-新医療時代の<生と死>』.六法出版社.
石丸昌彦(2014).『死生学入門』.一般社団法人放送大学教育振興会.
今井道夫(1999).『生命倫理学入門』.産業図書.
今井道夫・香川知晶(1995).『バイオエシックス入門』.東信堂.
小原信(1999).『ホスピス-いのちと癒やしの倫理学』.筑摩書房.
日本臨床倫理学会(2014).『3;安楽死と自殺幇助の違い』.
https://square.umin.ac.jp/j-ethics/topic_2_5_4.htm (閲覧日: 2022年5月19日)

記事

市川岳

市川岳

アンドフォーアス株式会社

国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科哲学専攻卒業後、葬儀社(むすびす(株)旧:アーバンフューネスコーポレーション)へ入社。エンディングプランナーとして、年間約200家族との打合せ・葬儀を執り行うとともに、死生学カフェや死の体験旅行など様々なイベント企画を通じて「死へのタブー視」と向き合っている。 現在は上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻の博士課程前期1年目で、死とテクノロジーが合わさった「デステック」における倫理的問題のアセスメントを中心に研究を進めている。

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