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死を取り巻く問題をデザインのチカラで解決に導く集団、「さだまらないオバケ」とは?
今年8月末に東京ビックサイトで開催され、今回も盛況のまま幕を閉じた「エンディング産業展」。
2019年に約1兆8000億円とピークを迎えたというエンディング市場ですが、コロナ禍のあおりを受け、葬儀の形式の変化や規模はここ数年で大幅に縮小。葬儀の費用こそは簡素化の傾向にあるものの、生活様式の変化に伴う新たなサービスや取り組みも続々と誕生し、話題を集めています。
そうした意味でもますます話題の事欠かないエンディング業界ですが、なかには「デザインのチカラ」をもって、人びとを取り巻く死と関連する問題を解決すべく尽力している集団がいます。その名は「さだまらないオバケ」。
一見して可愛らしい名称ですが、死というセンシティブに捉えられがちな題材と対峙する組織は、どのようなメンバーが、どのような思いを胸に運営をしているのでしょうか。今回、代表の鴻戸美月さんと、メンバーの佐久間美季さんにお話をうかがいました。
デザインを通じて死のイメージを変える、“デス・デザイン・ガールズユニット”
「『さだまらないオバケ』は、渋谷にあるデザインの専門校・東京デザインプレックス研究所のフューチャーデザインラボで学んでいた卒業生らにより、2020年に発足した“デス・デザイン・ガールズユニット”です。現在メンバーは4名で、それぞれが別の仕事をしながら、このプロジェクトに参画しています」
そう話す代表の鴻戸さんも、普段はフリーランスのデザイナー& プランナーとして活動するかたわら、「さだまらないオバケ」のメンバーとしても活躍。佐久間さんもまた、普段はフリーランスのコンテンツライターとして活動しているそう。彼女たちはもともと「今後起きる社会問題といった近い未来に目を向け、そうしたさまざまな問題をデザインのチカラで解決していくこと」をミッションに掲げており、そのひとつとしてフィーチャーしたのが「死」にまつわる問題だったのだそう。
「多くのひとがタブー視して蓋をしてしまいがちな『死』を取り巻く問題と真摯に向き合うなかで、どうしたら敬遠せずに『死』と向き合いやすくなるのかを、デザインを通じて解決することを目標に日々活動しています (佐久間)」
2020年の結成時は、まさにコロナ禍の真っただなか。当初は研究対象としてコロナ禍におけるコミュニケーションや環境問題といった案も挙げられていたそうですが、ある日、彼女たちの先生から遺品整理で困っているという話を耳にします。 そのことをキッカケに、自身にとって縁遠かった死や遺品整理について調べ、業界の方にお話をうかがうなかで、最初は自分のなかでピンと来ていなかった“死の問題”は、実は身近な問題なんだということを実感していったと鴻戸さんは話します。
「その一件を機に、メンバーのなかには親族を亡くしたことに蓋をして向き合えていなかったけれど、徐々に向き合う勇気が湧いたと話すひともいて、“死の問題”が少しずつ自分ごと化され身近な問題だと気づくと同時に、デザインの力で解決すべき問題なのではという思いが強くなっていったんですね。私自身、亡くなった祖母の遺品整理をしていたときに、大叔父が亡くなった日から祖母が長年ものあいだ日記に悲しみを綴っていたことを知りました。こんなに身近に住んでいる自分ですら、そのことに気づけなかったという衝撃を受けたりもして、正直ショックでした(鴻戸さん)」
そうした個々の経験から、遺族の心のケアに焦点を当てることを決定。「さだまらないおばけ」は活動の主軸に「グリーフケア」を据え、活動をスタートします。
ひとの想いを汲むやさしさが形になった、さまざまなプロダクトを創造
チームの発足から間もなくして、「さだまらないオバケ」は「ひきだし プロジェクト」と銘打ったプロジェクトを発足します。「故人の思いをひきだし 、今を生きる希望をひきだす」をテーマにプロダクトを開発するこの試みは、これまでに、ひきだしカードゲーム「ソラがハレるまで」や、書いて気持ちを整理するための「ひきだしノート」、さらには三和物産株式会社との初のコラボレーション企画「雲もなか」など、すでにユニークな施策を多数展開。独自のコンセプトと精度の高いデザイン性が注目を集め、エンディング業界のみならず、一般のさまざまなメディアでも紹介され、話題となっています。
「『ひきだしプロジェクト』は新しい弔いのかたちとして誕生したプロジェクトで、自分の死というよりは、大切な人の死と向き合うための試みとしてスタートしました。その向き合い方を“リデザイン ”することができればという思いで取り組んでいますし、ときにはリアルなイベントを行うなど、活動の場も徐々に広がってきています」
そう教えてくれた佐久間さん。彼女たちのデザインのチカラは「場づくり」においても発揮されており、現在「デススナック」というイベントを定期的に開催。お酒を飲みながらお互いの死生観 について話すようなイベントで、葬儀の業界の方から死を取り巻くことがらに興味のある一般の方まで、毎回さまざまな参加者で賑わっています。さらに、遺書動画サービス「ITAKOTO」さんとのコラボレーションイベントを実現するなど、コミュニティーの輪もさらに広がりを見せているそうです。
「私もコロナ禍に祖父を亡くしたり、自らの闘病の経験などを通じて、図らずも死や生きるということについて考える機会を得ました。そんなときこそ、『考えたことを話せる場がある』ということは、とても重要なことなんですね。気持ちが楽になるし、色いろな考えがあっていいんだという気づきも得られます。多様性が叫ばれる昨今、特に死生観は多くのひとがセンシティブに扱っている事柄でもあるので、相手の価値観を批判することなく、話し合えるデススナックのようなイベントは、自らも運営に携わりながらも良いなと思っています(佐久間さん)」
「イベントを通じて、大切な人の死と向き合うことはもちろん、自分自身の死や、死そのものと向き合う機会になれば」と話す、鴻戸さんと佐久間さん。葬儀関連の企業からデザインの仕事の依頼を受ける機会も増えるなど、エンディング業界での立ち位置を確率しつつある「さだまらないオバケ」。今後どのようなかたちで、その活動の幅を広げていくのでしょうか?
「私たちは葬儀の専門家でもなく、あくまで一般人です。だからこそ、見えることや気づけることもあるんじゃないかなって。それは、言わば読者やユーザーの目線でいること。個々が自分ごととして死や弔いと向き合えるように、デザインのチカラを借りて、この業界を牽引していけるような存在になれたらと思います。そしてもうひとつは、いまは『死』をひとつのテーマとして扱っているものの、今後は、死と向き合ったうえでいまを生きること。つまり『生』に希望を持つようなものやことを作っていきたい。今はそのための途上ではありますが、生まれてくる命や命のはじまりにも、『さだまらないオバケ』として新しい挑戦をしていきたいと思います(鴻戸さん)」
「エンディング業界のクリエイティブやデザインを牽引する存在になりたい」という思いを胸に、日々活動を続ける「さだまらないおばけ」。見た目の美しさだけを追求するのではなく、多角的なデザインの可能性をもって彼女たちが向き合うのは、現代社会のなかで形骸化した、死を取り巻くさまざまなことがら。それらを前に想いを持って立ち返り、新しいことがらとしてデザインとして世に送り出す目線の先には、死の裏側にある「生」という壮大なテーマがさだめられています。
記事
さだまらないオバケ
2020年に結成された“デス・デザイン・ガールズユニット”。グリーフケアの一環としてスタートした「引き出しプロジェクト」では、「ソラがハレるまで」「ひきだしノート」のほか、三和物産株式会社と共同開発による「雲もなか」などを製品化。現在はエンディング業界のクリエイティブやデザインを牽引するデザインユニットとして、企業案件などにも多数参画している。プロジェクト活動全体が評価され、2023年度グッドデザイン賞を受賞。